山陽新幹線 新大阪〜岡山間開業30周年記念

行った!見た!(ついに)乗った!!
急 行「鷲 羽」
2002.3.30.


急行用電車の思い出

  2002年は山陽新幹線の岡山開業30周年にあたり、3月から5月にかけて岡山を中心に
恒例のリバイバルトレインが運転されています。中でも、急行用電車の165系は今回の「鷲羽」
をもってJR西日本からは引退することになっており、私にとっては153系と並んで幼い頃によく
利用した思い出深い車両でもあるので是が否でも乗りたいと思いました。
また、急行として走る165系に乗るのは昭和50年頃以来のことでした。
  当時はグリーン車やビュッフェまでついた急行列車が山陽本線を走っていて半室ビュッフェ
のサハシとグリーン車のサロは私のお気に入りの車両でした。さすがにグリーン車は正規に乗
ったことが無く、通り過ぎるだけでしたがずらりと並んだフットレスト付きのリクライニングシートと
空調の効いた室内はまさに別世界でした。一度だけトイレに行った(せめてトイレだけは・・・と、
グリーン車のを使っていた)帰りにこっそり座ってその心地のよさに驚き、さらに一段下降窓の
構造を確かめるために窓を開けたところでやってきた車掌氏に追い出されてしまいました。
グリーン車が今ほど身近な存在ではなかった当時、当然乗るのは普通車なわけで、じゃあ同じ
ボックス席ならばと私はいつもサハシの座席に乗りたがっていたようです。(家族は「なんか狭い
ので嫌」だったそうですが・・・) 私の”半室車”好きの原点はこの車両に在るといってもいいで
しょう。未だにこの種の車両があると「つい」乗ってしまうんですが、サハシは独特な窓とドアの
配置やビュッフェ部分の屋根に取り付けられたきのこ型クーラー(ボンネット特急車両と同じAU12)
などが特に大好きでした。また、当時の愛読書『学研の図鑑』でサハシはそばが食べられるとの
記述を読んでどうしてもビュッフェで”そば”が食べたかった私は、親戚の結婚式に行くときに乗っ
た急行(列車名失念)が週末のせいか満席で座れないのをいいことに「ここなら座れるよ」とビュ
ッフェに両親を連れ込むという実に子供らしい作戦を決行してみごと成功。しかもうちの両親に
しては珍しく、「なにか食べてもいい」とのお許しがでたので気が変わらないうちに、と勇んで
念願の”そば”を頼もうとしましたが、無常にも営業は終了していてそばは食べれずじまい。
気落ちした私にカウンター内にいたウエイトレスのお姉さんが優しく「ボク、ごめんね」とコップに
水を注いでくれました。あのときの水はどんなミネラルウォーターよりも美味しかった気がします。(笑)
 結局、この後急行に乗る機会が無いまま山陽新幹線の博多開業により在来線の定期昼行優等
列車は全廃となり、永遠にサハシでそばを食べる機会は失われました。
  そんな悲喜こもごもな思い出のある165系に乗るべく3月30日、私は宇野に向かいました。
宇野駅はすごい人出。
「鷲羽」HM、往年の大型タイプが取り付けられた。

  レールスターで岡山に到着後、「リバイバルやくも」と「砂丘」を撮影して友人2人と合流後、宇野に向かいました。
この日マリンライナーは満員、途中茶屋町で乗り換えた105系2連は宇野に行く鉄道ファンが殺到してさらに通勤
ラッシュのよなすし詰め状態で発車。しかもワンマン運転方式が仇になり途中駅での乗降があまりの混雑のため
不可能となり急遽ホーム側全ドアを開放して客扱いを行うなどのハプニングがあり、結局7分程度遅れて宇野駅に
到着しました。駅構内も人が多くてとても撮影どころではないので、とりあえず外に出て宇高連絡船の埠頭の跡を
見たりイベント会場を覗いて遅い昼食をとりました。
  駅に戻るとだいぶ落ち着いていたので、撮影しながら車両を見て回ると、なかには手製の「さよなら165系」の
サボを自分達の席の窓に掲げているグループもいて同じこと考えてる人がいるんだなあと、少しうれしくなりました。
(但し私は今回は実行せず) 発車時刻も迫り、そこに友人が瓶ビールを調達してきたので列車に乗り込みました。
我々の席は6号車クモハ164-24、先頭車でした。
  15:25「さようなら」の声に送られて宇野駅発、一路新大阪へ。沿線では、鉄道ファン以外の人も足を止めて
手を振ってくれていました。

宇野港情景。かつての宇高連絡船の桟橋跡から見た瀬戸内海。
かつて訪れた時の面影はほとんど無かった。変らないのは海と空の
青さだけ・・・。
駅前の広場では地元の方々による
歓迎イベントが開催されていました。
宇野駅に停車中の「鷲羽」。「急行」表示と列車番号も掲出。
宇野駅にて。
懐かしの”センヌキ”現在では急行用電車と
ブルトレに見られるのみ。

かつての栄光を偲んで・・・。岡山駅にて。

  発車後一段落したところで、先ほど仕入れてきた瓶ビールを座席のテーブルに付いている
栓抜きで開けて3人で乾杯。(わざわざそのために瓶ビールを調達してきたわけです)沿線の
桜を見ながら(文字通り花見でした)至福のひと時を過ごしました。
  岡山駅16:04着。16:30の発車まで撮影タイムということで、ホームをうろうろして写真を
撮りました。沿線も駅もものすごい人・人・人。これまでのリバイバルトレインは走行写真の
撮影のみで、駅撮りはなかった(「はと」の回送だけ岡山で駅撮り)ので驚きました。
  岡山を出て陽の傾きはじめた山陽路を「鷲羽」はトコトコト走ります。臨時のスジだからか
モーターを唸らせての力走を期待していたのに少し残念・・・と思いきや、時折ぐんと加速して
懐かしいモーター音を聞かせてくれました。これに山陽本線の広島以西でもう一度乗って
みたいものですが、「鷲羽」が最後の運用とあってはそれも叶わぬ夢。それならせめて目を
閉じて昔の記憶とシンクロさせようとするうちにビールの酔いも手伝い夢うつつ・・・。
  やがて日もとっぷり暮れた新大阪駅に「鷲羽」は到着。ここでも大勢のファンがカメラを構え
最後の別れを惜しんでいました。私はもうここでは写真は撮影せず、最後の姿を脳裏に焼き
付ける事に没頭しました。数分後、引き上げるために動き出した165系に期せずしてホームの
ファンから拍手が沸き起こり、止まないフラッシュの中赤いテールライトが闇へと消えていき
ました。

  生まれて初めて乗ったリバイバルトレインは、奇しくも大好きな急行型電車の終焉でもあり
ました。うれしいような、悲しいような・・・。(でも次は「はと」がある。)



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